当山に関係する伝説

当山に関係する伝説


 当山に関係する伝説として「一向宗身代わり御名号」があります。この身代わりの御名号については、「相模国風土記」「三浦古尋録」「三崎志」に記載されていますが、宮川村(現在の宮川町)に住む圓照寺の御門徒・宮川源右衛門さん(俗に御名号さんと称す)の家に代々受け継がれてきた親鸞聖人御真筆と伝えられる十字名号(帰命尽十方無碍光如来)にまつわるお話です。

「三浦古尋録」(1812年・文化9年著)

 むかしのことですが宮川村のある農家の女房は一心に本願を頼み阿弥陀仏に帰依して余念ない念仏者であった。女房は昼は家業の農業に精を出し、夜はこの十字の名号を薪小屋に掛けて拝礼し名号を称えていた。

 ところがある晩のこと、亭主が薪小屋の前を通ると薪小屋のなかで密かになにやらささやく女房の声が聞こえてくる。それが毎晩続くので、女房が密夫を隠していると思こみ、立ち帰り山刀を手にとって有無を言わさず女房を刺し殺してしまった。

 翌朝、家に帰ってみると薪小屋で山刀を刺したはずの女房が納戸で針仕事をしている。それを見た亭主は驚愕し、狐狸のしわざかと灯火をもってあわてて薪小屋に入り照らして確認してみると、(女房が毎日拝んでいた)十字の名号の光の字のところに山刀が刺さっていたのだ。ことの顛末を悟り、愕然とした亭主は己の心の醜さを恥じ、

「我が身を正さんために女房の身代わりになって下された名号よ」

と心を改め、それよりこのかた夫婦は信頼し合い名号を尊び、念仏の教えを深く信じるようになった。

 以来この御名号は「身代わりの御名号」といわれ、人々の信仰をあつめたそうです。
 この「光」の文字の部分に刀傷のある身代わりの御名号は、子孫の方により大切に保存されていましたが、近年、当山に奉納され、大切に保管しております。